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先日グリーフケアの講義を聞きに三田駅へグリーフケアとは死期が近づいている本人やその家族の悲嘆をケアするというものである。

専門の教授や医師、宗教者の方のお話が聞けとても有意義な時間と

なった。

内容を個人的に回想してみると、悲嘆の心のプロセスを心理的に解明し、その研究・統計をもとに学術的に心をケアしていくという方向性であったかと思われる。

 

これらを実践されている方々のお話はとても有難いことでした。

 

そういえば、講演会は「悲嘆に向き合うとは」と題していました。

悲嘆というのはその人自身が感じていることですが、ここに現代社会

の見えづらく大きな問題があるように思います。

 

「大いなるかな 心や」と言いますようにヒトの心は宇宙のようである

これは人間ひとりの心が宇宙ほどに大きい、いろんな予想もできない

可能性をその個々が秘めている。

こんなに大きく偉大で自らですら予測不可能な個々の心でだが、いろんなものに作用も反作用も受ける、更にそれは個々によって一定ではない

 

心の問題をその外側から計ることは出来ても「こころ」が作用するのはあくまでも己の「こころ」である。

そんな宇宙のように計り知れないほどの心をヒトは一人ひとりが持っている。

 

大空に流れる無数の流星を思い描くと、どの星も同じ方など向いてはおらず、唯ひたすらに自らの思う方へ向かい最後に光り消え去る

そして、その最後に出会う事は決して計る事の出来ない尊い奇跡であるということを。

                    平成30年1月 禅逸 記

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